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宮崎県高原町青年団が来県しました。

7月28日(土)から30日(日)の日程で宮崎県高原町青年団の仲間を受入れ致しました。

宮崎県高原町はかつて新燃岳の火山噴火による降灰・噴石の被害を受けた地域。地元の高原町青年団はこのとき町を苦しめた「灰」を活用し、噴火を忘れないようにと記念品として販売し、その収益を被災地の青年団活動に役立ててもらおうと「高原町青年団灰プロジェクト実行委員会・東北復興プロジェクト実行委員会」を立ち上げ活動してきました。

→ プロジェクト関係 http://hasutatoonnsenn.dousetsu.com/

今回その収益金を直接宮城の仲間に活用して頂こうと、実行委員長の六部一智久さん、有村和俊さん、谷山天一さんの3名が来県しました。

六部一さんと仲間の有村さんは共に自治体の職員であり、震災直後にはボランティアで南三陸町で活動。想像を絶する状況を目の当たりにし、地元に帰ってからは「自分達が活動した南三陸町の仲間に使って頂きたい」と思いを新たに活動。また、メンバーの谷山さんはかつて、全国青年大会軟式野球競技の宮崎県チーム監督で、南三陸町のチームと対戦した経験もあり、南三陸町で活動する軟式野球チーム「サンライズ」に義援金を渡すことになりました。

また、高原町からは山元町への職員派遣で活動した仲間もおり、同じように山元町で活躍する青年団体に活用して頂きたいと、「山元町青年倶楽部”翔”」へ義援金を手渡すことになりました。

28日(土)に仙台空港で高原町の仲間達と、宮城県団から岩崎事務局長・伊藤監事、そして今回の橋渡し役である日本青年団協議会からの板本局員・東海大学辻智子先生と合流。1日目の目的地である南三陸町へ向かいました。

途中、被災地の現状を学びたいとの申し出から、岩崎事務局長の案内で、石巻市内や大川小学校周辺、そして南三陸町戸倉地域を視察。1年以上経過してもなお生々しい爪あとが残る状況を見る度に、「実際に見てみないと学ぶことが出来ない」と津波の被害の大きさを感じ取った様子でした。

南三陸町に到着後は、「サンライズ」メンバーとの交流を兼ねた親睦会を開催。

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高原町が新燃岳の噴火で大きな被害を受けた話や、サンライズが自分達で活動の場として野球チームを設立し、町内で週4回のリーグ戦を行っている話、少年野球の指導の話など、双方の活動内容についての意見交換も行われました。また全国青年大会で宮崎県チームと対戦した話は両者が共に印象に残っている試合だったと、当時の様子を思い出しました。

両者の気持ちが近くなった頃、六部一実行委員長から今回の実行委員会の活動経緯の報告と、活動再生に向けて義援金を贈りたいとの申し入れを行ったところ、サンライズのメンバーは驚いた様子でしたが、「高原町の仲間の想いを大事にして、自分達の活動に役立てたい。頂いた善意は自分達のチームや少年野球の野球道具の購入費用に充てたい」と楠原監督からの力強い決意表明がありました。

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両者は深夜まで親睦を深め合いましたが、お互いの心が近くなったのか? サンライズのメンバーが震災当時の南三陸町の状況を高原町の仲間に語る場面もありました。

家族を亡くした仲間や、震災発生直後の悲惨な状況など、本当は話すことも辛い話を、高原町の仲間に語っる様子、それを真剣に聞き取る様子からは、自然災害で傷ついた自分達の郷土を再生しようと頑張っている者同士しか共有することが出来ない想いを強く感じ取りました。

翌29日には南三陸町内を視察後、宮城県を縦断して山元町に向かいました。
待ち合わせ時間までの間で山元町内を視察しましたが、津波で大きく破壊された坂元駅を見た仲間からは、「ここに線路があったとは信じる事が出来ない」と言った驚きの声を聞きました。

その後、山元町青年倶楽部”翔”の仲間達と合流。宮城県団のOGであり、地元山元町の災害FMラジオ「りんごラジオ」でパーソナリティーを務める斎藤緑先輩もお出迎え。翔の皆さんは震災で倒壊した団室の片付け作業を行っており、我々もお手伝いをさせて頂くことにしました。

作業を通してお互いの絆を深めながら、今回の訪問の趣旨を説明して義援金を手渡しました。
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翔の仲間からは「震災でほとんどのメンバーが被災したが、こうしてまた集まって何とか活動を再開している。皆さんからの善意を今後の活動に生かしたい」と言った感謝の言葉を頂きました。

作業前には莫大な量だった物の片付けを、お互いのチームワークで終了させた夕方、斎藤緑先輩のご好意で「りんごラジオ」に生出演することになりました。

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少々緊張気味の様子はあるものの、自分達の活動を胸張って伝える姿からは、青年団が持つエネルギーを強く感じ取りました。

作業後には交流会を兼ねた夕食会にご招待頂きました。ここでもお互いの活動の意見交換や、被災したメンバーの生活の様子など、様々な意見交換が活発に行われました。

今回参加した高原町の仲間は「実際に宮城に来て・見て・感じて学ぶことが多く、生涯忘れることが出来ない旅になった。今回作り上げた友好関係を壊すことなく、今後も継続的に支援して行きたいと思う。また来年のこの日に何らかの行動をおこせるように頑張って行きたい」と語っていました。


宮崎県高原町の皆さん、本当にありがとうございました。

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おきたま若者交流塾の皆さんを受け入れました。

7月8日、山形県の「おきたま若者交流塾」の移動研修を宮城県団で受入れしました。

この受入れは、法政大学佐藤ゼミの受入れがきっかけで交流が始まった東北大の石井山竜平先生のご紹介で、山形県置賜地区で積極的に活動している「おきたま若者交流塾」の皆さんと、地域を越えた交流を進めようと今回、移動研修を宮城県団で受入れることになりました。

今回、おきたま若者交流塾からは、総勢23人のメンバーが来県。「被災地で学ぶ復興のまちづくり」と題し石巻市周辺の復興状況を視察となりました。

当日は宮城県団から佐久間会長はじめ5名の役員が参加。おきたまの皆さん、そして石井山先生と石巻市内で合流後はお互いの顔合わせを兼ねた昼食交流会を行いました。

SYOKUJI

KOURYUU

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昼食を取りながら、お互いの自己紹介や日頃の活動の意見交換を行う予定でしたが、話に夢中になってしまい、食事と取るのも忘れてしまうほどで、予定の時間をオーバーしてしまいました。

昼食後には石巻市内を視察。震災当日に石巻市内の職場で被災した、宮城県団岩崎事務局長が中心になって、石巻市内の現状を説明しました。

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視察後は東松島市鳴瀬市民センターに場所を移し、総括として石井山先生の進行で一人ひとり感想や感じた事を述べ、簡単な意見交換会を行いました。

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最後に、みんなでの再開を約束して(次は宮城県青年会館での交流を提案!?)して終了しました。

おきたま若者塾のみなさんありがとうございました

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第65回宮城県青年体育大会実行委員会活動中!

8月に開催の「第65回宮城県青年体育大会」の実行委員会が立ち上がり、ただいま大会へ向けて準備を進めています。

7月7日に第1回実行委員会を開催。県内各地から集まった実行委員の中から、大崎市の家喜安浩さんが実行委員長に選出されました。

今回の実行委員会の特徴は組織を「競技部」と「総務部」の2つに編成した点・大会までの短い期間での効率良い準備を進めながら、実行委員相互の絆を深めるべくそれぞれの部が活動しております。

7月14日には総務部会を開催。代表者・監督者会議の招集文の発送や、補助金などの書類の準備などを行いました。

翌15日には競技部会を開催。こちらも参加申し込み締め切りを受けての大会組み合わせや日程の確認を行いました。

今週末には代表者・監督者会議が開催されます。

まだまだ実行委員が不足しておりますので、どうか興味のある方は一緒に活動してみませんか?
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